リヨン第3大学留学帰国レポート

リヨン第3大学【2015年度前期帰国】交換

レポート作成T.A

■留学に行く前

留学に行く前、私は無事試験が通ったということもあってフランス語の勉強や、日本の経済や地理、人口等日本についても全く勉強せずに行きました。ですが、実際はフランス語が全然できなかったことで、他の留学生よりも出だしが遅れてしまったことや、日本について聞かれた時しっかりとすぐに答えることができず、悩んだことがありました。試験結果が出てから出発までの約半年間、フランス語(特にオーラル)の勉強や日本・自分の住んでいる地域についての知識をつけておくべきだったと思いました。

 

■留学中

最初は上にも書いたようにフランス語が不十分だったため、他の留学生や現地の学生とのコミュニケーションや授業の内容理解度に問題がありました。特に、日本の他大学からの留学生のほとんどが3回生や4回生が来ていたため、当時2回生だった私は彼らよりも日本で学んだ文法のレベルに差がありました。留学生向けのフランス語の文法の授業ももちろんフランス語で行われるので、理解するのがとても大変でした。

授業が始まり、現地の学生とも知り合うことが増えるにつれてフランス人同士の会話をネイティブの発音、スピードで聞くことが増えました。私の通っていたリヨン第3大学は、言語学部日本語学科があったので、日本人留学生とどのように接したらよいのかだいたいわかってくれている生徒が多かったです。自分のフランス語力に自信を持っていない私に対して、彼らの優しさと気遣い、手助けのおかげで少しずつ楽しく自然にフランス語を学べました。後期になると、大学のスポーツの授業をとり始め、前期までの日本語学科内での友人からそれ以外の学生と出会うことが増えました。私のとっていたバレーボールの授業には、大学院生や他学部の学生、留学生といろんな人がいましたが、彼らとスポーツを通してコミュニケーションをとったことは、とても素敵な経験だったと思います。日本語学科の学生とのコミュニケーションは、「最終的に日本語でも伝わる」という安心感がどこかにはありましたが、バレーの授業で日本語が通じるのは私と同じ日本からの留学生1人と大学院生の1人でした。彼らとは日本語で会話していましたが他の先生や、学生とは当然日本語が通じないのでフランス語でした。しかし、彼らも日本語学科の学生と同様、私が言おうとしていることをちゃんと理解しようとしてくれ、逆に彼らも言いたいことを留学生だからと言ってバカにするような言い方をせず、熱心に分かるまで言ってくれました。

大学内で開かれている授業だけでなく、スポーツの授業を通してもフランス語を伸ばせていたと思います。

学校外では、友人に誘われたソワレ(友人宅で行われる小さなパーティー)にて、日本に興味のある人や、友人の友人、恋人、兄弟とたくさんの人と出会う機会がありました。よく家に招いてくれていた1人の友人のおかげで、フランス語を話す機会が増え、いろんな人と出会い、フランスならではの考え方、習慣等を体験することができました。

 

■帰国後

日本に帰った当初は、留学に行っていた期間があまりにもあっという間に過ぎたので懐かしさも、後悔も時差ボケも特にありませんでしたが、帰国から2~3ヵ月が過ぎると、フランスに戻りたいという思いがずっとありました。

日本にいると言語はちゃんと通じるし、育ってきた「当たり前」が同じなので、約束ごとなどにも問題が起きることもありませんが、行動や服装が「人と違う」だけで周りからものすごく視線を感じることがあり、日本の環境が窮屈になりました。今もまだ逆カルチャーショックから抜け出せておらず、困っています。

リヨンではフランス語習得だけでなく、大切な出会いや素敵な経験、時間も体験しました。

今度は言語が通じる日本で、もっと周りの人を大切にし、一日一日を大切に過ごしたいと思うようになりました。