ボンド大学留学帰国レポート

ボンド大学【2015年度後期帰国】私費

レポート作成H.R

僕がまず留学するにあたって、なぜオーストラリアを選んだのかというと、僕は海外で働いてみたいという思いがあったので、必然的に選択肢は、オーストラリアか、カナダになり、寒いところの苦手な僕はオーストラリアを選びました。

僕はステイの形態をバックパッカーにしていたので、当然空港から自分のバックパッカーのところまで自力でいかなければなりませんでした。最初は不安だったのですが、行ってみると意外と大丈夫なもので、色々な人に行き方をきいてたどり着くことができました。その時僕は英語を全く話せない状態だったのにも関わらず、たどり着くことができたのは今考えるとすごいと思います。しかしこの時に行く前にもっと英語の勉強をしていれば良かったと思いました。

バックパッカーに1か月ステイした後、シェアハウスに形態を変更しました。シェアハウスは日豪プレスというサイトで探し、応募をしてから、一度家を見に行ってから滞在するかどうかを決めました。家は綺麗というわけでは無いものの、広々としており、プールまでついていて、まさに海外の家という感じの家でした。

オーストラリアでの食生活については、品質的には全く問題無かったのですが、物価がとても高いと思いました。基本的に、食材等は、日本の倍、お酒や煙草に至っては4倍から5倍ぐらいの値段でした。煙草を吸う僕にとってこの煙草の値段は非常に辛かったです。6月の半ば位になり僕はこの時に初めて学生ビザを取得しました。というのも、僕は学生ビザの申請が出発前に間に合わず、オーストラリアには観光用ビザで入国してからオーストラリア国内から学生ビザを申請しました。この時、留学サポーターの村山さんに紹介していただいたXL Education という留学サポートをオーストラリアでしている会社の方に色々と助けていただきました。

7月になり、オーストラリアでは冬の季節の頃、オーストラリア行ったことのない僕は、オーストラリアを常夏のようなところと考えており、冬服をあまり持って行っていませんでした。確かに行った当初は暑かったのですが、オーストラリアの冬は日本と変わらずとても寒かったです。

オーストラリアでのお金の払い方や、日本からの送金方法については、僕が持っていたVISAカードは海外に対応していたので、そこに親が毎週お金をいれてくれていました。しかし、お金を引き下ろすと手数料がかかるので、僕は下さずカードの中に入っているお金で支払っていました。後、僕は10月頃からお寿司屋でバイトを始め、給料は現金でもらえるので家賃等は給料から払っていました。海外での仕事は難しいと思っていたのですが、日本食で、日本人のスタッフが多く、働くこと自体はそんなに難しくはありませんでした。

留学中に僕が最も辛かったのはやはり物価が高かったことです。豪華なものでなくても、値段が高いので、お金のやりくりが一番大変でした。

僕が留学して良かったと思えたことは、たくさんの人達との出会いです。間違いなく、日本にいては出会えないような人達との出会いは、僕の宝物です。そして、このつながりをこれからも大事にしていきたいと思います。

今回の留学で得た経験や、友人、そして英語力を失わないように、これからも英語の勉強を続け、社会に出た時に、海外でも働けるような人になりたいと思います。