オーフス大学留学レポート

オーフス大学【2016年前期帰国】交換

レポート作成A.S

Uni Aarhus Picture

よくデンマークは世界で一番幸せな国だといわれますが、私にとって海外(デンマーク)で生活するということは想像以上に大変でした。渡航前までに十分な英語力を身につけていたつもりでしたが、元来の人見知りの性格により、人とうまく英語でコミュニケーションをとれませんでした。また、これは渡航前から覚悟していたことだったのですが、周りの皆がデンマーク語を話しており、その会話の内容がまったくわからないという環境もストレスでした。これらのような小さなストレスが積み重なり、渡航後から2ヶ月間ほどは気分が沈んだ日々を送っていました。しかし、そのような環境にも慣れてゆき、徐々にデンマーク人学生や、シェアハウスで一緒に住んでいた留学生とも交流できるようになりました。異なる文化を持つ留学生との共同生活も、最初は些細な生活習慣の違いなどが気になり、ストレスに感じていましたが、こういうものかと折り合いをつけ割り切って生活してみると、案外快適に過ごすことができました。海外で生活すると多かれ少なかれ、何かしらのカルチャーショックを受けると思います。その際、つい日本と比べてしまい、時には嫌に思うこともあるかもしれませんが、海外で生活するには、ある程度の適当さや大雑把さを許せる寛容さを身につけることも大切だと思います。

学習面に関しては、英語での授業、ディスカッション、プレゼンテーション、膨大な量の課題リーディング、ペーパー試験や慣れないオーラル試験など、大変なことが多かったですが、自分ではよくやったと満足しています。日本の大学と比べると、デンマークの大学では授業における学生の参加度、積極性が大きく違います。デンマークの学生は授業中よく発言し、それの多くは質問ではなく自分の意見を述べます。こちらの教授の多くはこれらの発言を歓迎しているようで、いやな顔をすることなく、むしろとてもうれしそうな顔で受け答えをします。また学生がどのような発言をしても、教授はそれを否定することなく尊重し、いつもgood question!と返します。このようなオープンな環境が学生の主体的な学びに大きく貢献していると思います。また、こちらの授業ではグループディスカッションやグループワークが多く、授業時間の7割以上がディスカッションに割かれる授業もあります。グループディスカッションでもデンマークの学生はよく発言しますが、私は最初はディスカッションにはあまり慣れることができず、活発に行われるディスカッションに圧倒されていました。しかしデンマークでは、黙っていると、意見がない、やる気がないとみなされてしまうので、あらかじめ用意してきた自分の意見はしっかり言うように努め、またディスカッションが落ち着いた時には発言するように心がけていたので、スプリングセメスターになると、積極的にディスカッションに参加できるようになりました。この大学の授業でのディスカッションを通して、相手の意見をしっかり聞き、それを尊重しながらも自分の意見を相手に納得させるスキルを身につけることができたと思います。

この10ヶ月間は、しんどいこと、大変なことが多くありましたが、もちろん楽しかったこともたくさんあります。私は特に、オーフス大学の日本学科の学生たちと仲良くさせてもらっていたので、彼らの寮に行ってパーティーをしたり、一緒にバーに行ってお酒を飲んだり、一緒にギターを弾いたり、クリスマスに友達の実家にお邪魔させてもらったりとたくさんの貴重な経験をすることができました。彼ら彼女らと出会えたことは私にとってとても幸運なことでしたし、日本人留学生との交流も私の大きな心の支えでした。彼ら彼女らにはとても感謝しています。

最後に、今後留学に行かれる方々にお伝えしたいことは、「こうでなければならないという留学のかたち」は存在しないということです。留学のかたちは人によってそれぞれで、それには正解はないと思います。様々な人々との交流に力を入れた人、勉学に励んだ人、ボランティアや地域の活動に打ち込んだ人、はたまた思うように留学生活を送れなかった人など、様々なケースがあって当然だと思います。私は、思うように留学生活を送ることができませんでしたが、それではこの留学生活には意味がなかったのかといわれると、そうではないと思います。実際に海外で生活してみると、いやでも色々なことを考えるようになります。一度日本を離れて見ず知らずの国で生活することは、様々なことを客観視したり(例えば日本の文化や社会について)、自分自身について見つめ直したり、日本人としてのアイデンティティーを再確認したりするいい機会なのかもしれません。今は、留学によって何も得ることがなかったと思っていても、今後の長い人生の中で、この留学の経験が何かの役に立つ時が来ることを、私は信じています。