ゲルフ大学留学帰国レポート

ゲルフ大学【2015年度前期帰国】私費

レポート作成O.T

 

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わたしはカナダの東側、オンタリオ州に属するゲルフという場所に一年間留学していました。ゲルフは学生の街と言われているのですが、その名の通りゲルフ大学に通う学生が多く、大学のキャンパスを中心にバスも運行されており、またそのような田舎町であるので学生のたまり場所は専ら大学キャンパス内でした。

留学を通じてたくさんのひとが様々なことを学んで日本に帰ってきます。それはわたしも同じです。一年間カナダのゲルフに滞在して、特に印象に残っている時期は実は留学初期です。私がカナダに来た当初、わたしは全く英語を話すことができませんでした。クラスメートとの会話も困難で、最初は全く友人と呼べる存在ができませんでした。クラス分けテストをした上での、クラスだったのですが周りのレベルは高く、ReadingやWritingはそれほど問題なかったのですが、Speakingが弱く、英語を話せないのは本当にクラスでわたしだけでした。一時はあまりのできなさに、先生にも劣等生のような扱いをされていました。ゲルフ大学はELPの勉強のレベルが高いことで有名で、宿題の数も多く、基本的に遊ぶ時間はありません。たまにきつい言葉を先生から言われたり、うまくいかないことが続いたりして、それを相談できる友人もおらず、泣くのを我慢して授業を受けることも何度かありました。とにかく周りに着いていかなければならない、先生にみとめられたい、焦りだったり悔しさだったりで、平日は睡眠時間を3~4時間に減らして必死に勉強しました。次の日の授業では、どんな質問をされても答えられるように完璧に予習していきました。だんだんとその生活に要領を得てくると、先生からの評価も変わり、スピーキング能力にも目に見える変化が出てきました。先生やクラスメートから「Tsukasaの英語はすごく改善されたよね!」って言ってもらえた時がとてもうれしかったので今でも鮮明に覚えています。ただ、その後高熱を出して倒れたので、「自分の体調管理をしっかりしなさい!」と怒られました。もちろん、はじめて友達とケンカしたことや、親友だって言ってもらえた時、おいしかった料理、素敵だった場所すべてがわたしにとって印象深い思い出です。しかし、これまで自分の意思でこれほど何かに必死になったことがあまりなく、またその努力が実を結んだからこそ一番強く印象に残っているのだと思います。

 

IMG_0622もう一つ、この経験を通じて学んだことが、語学力を持つことの大きさです。日本人同士での会話と違ってどうしても表面的な会話になってしまいがちな外国人との会話は、お互いにどのように伝えていいのかわからないことが原因として挙げられます。外国人とのコミュニケーションには語学力ではなく「対人交渉力(会話力)」が大きいとする話がありますが、実際に自分が向こうで生活をしていて感じたのは、語学力がある程度なければやはり相手との会話は表面的になってしまうことが多く、逆にある程度の語学力と会話パターンを掴めば、自分の意見を相手にきちんと伝えることができ、相手の意見も聴くことができ、より深い関係を築くことができるということです。

 

 

わたしが日本を離れるとき、語学力の向上と精神的な自立を第一の目標にしていました。カナダで過ごす一年の間は、「考えるよりも行動」を掲げて、家探し、自炊、諸手続き、旅行可能な限りの多くの新しいことに挑戦し、失敗したり、危険な目にあったり、怖い思いをすることもありましたが、実際に最初にわたしが掲げていたふたつの最低限の目標“語学力の向上”“精神的な自立”は達成されたと思います。

 

unnamedこれまでに述べたようにわたしにとっての留学とは、人生でトップ3に入るといっても過言ではないほど過酷ものでした。しかし不思議と帰りたい、逃げたいと思うことはなく、留学することに責任と目的をしっかりもって一日一日がこれほど充実した一年はありませんでした。留学で得るものは語学力だけではなく、そのひとそのひとで異なる語学力以外の“なにか”を得るから、留学から帰った学生は「いい経験をした」とほとんどみんなが口をそろえて言うのではないかと思います。私は留学を通じて、自分に対する自信を得ることができ、それが次のステップに進む分岐点に立つ今のわたしに、とても大きな影響を与えています。